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最高裁判所第三小法廷 平成3年(行ツ)217号 判決 1992年12月15日

東京都保谷市東伏見二丁目六番一〇号

上告人

内河煕

右訴訟代理人弁護士

浅香寛

同弁理士

石井孝

東京都中央区日本橋小網町一九番一二号

被上告人

日清製粉株式会社

右代表者代表取締役

正田修

右当事者間の東京高等裁判所平成三年(行ケ)第五三号審決取消請求事件について、同裁判所が平成三年七月三〇日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人浅香寛、同石井孝の上告理由について

原審の適法に確定した事実関係の下においては、上告人に本件審決の取消しを求める法律上の利益を肯定することができないとした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に立って原判決を非難するものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 園部逸夫 裁判官 坂上壽夫 裁判官 貞家克己 裁判官 佐藤庄市郎 裁判官 可部恒雄)

(平成三年(行ツ)第二一七号 上告人 内河煕)

上告代理人浅香寛、同石井孝の上告理由

原判決には判決に影響を及ぼすべき判断の誤りがある。

一.原判決における判決理由の要旨は、

「商標法第五十条にもとつく本件審決取消訴訟は、行政事件訴訟法第三条の抗告訴訟の一類型であるから、その取消を求めるにつき法的利益が必要であるとするところ、原告に本件審決の取消を求める法的利益を肯定することができない以上、仮に審決が違法であったとしても本件訴えは不適法である。」として却下されたものである。

而しながら原判決には商標権のもつ本質的な意味ひいては商標法における不使用取消審判制度の特質を看過ごした結果判決に影響を及ぼすべき判断の誤りがあったもので判決は不当であると思料するので以下再反論する。

二.(1)先ず商標権の本質は自他商品識別機能等を備えた登録商標を指定商品について独占的、排他的に使用する権利である。(商標法第二十五条)

この商標権を構成する登録商標は出願時より使用の目的をもって設定登録されるもので(商標法第三条、同第二十五条)、登録商標の使用によって取引上の信用(good.Will)が蓄積され商標権として保護される所以である。

従って商標権を構成する登録商標の使用は設定登録により発生した商標権の存続するための有効要件であると云って差し支えない。

このような本質を備えた商標権は登録商標の使用を当然の前提としているものであって、いわば取引社会における商品標識として、はたまた商品取引秩序維持のため使用義務とも云うべき実質的要件を必要とされているのであって、商標法は取引社会におけるこのような要請に応えるものとして規定されている。(同趣旨、網野誠著商標第三版五〇三頁、同五一八頁)

なお、特許庁編工業所有権法令集の商標法第十九条の参照条文は、登録商標の使用義務に関する規定として商標法第三条第一項、同第五十条を挙げている。

このように商標法上商標権はその商標に化体された信用を財産権として保護することを目的とするものであり、商標に化体された取引上の信用は商標の使用によって醸成されるもので登録商標についていわば使用する義務があるともいうべ実質的な内容を備えた権利であると云って差し支えない。

(2)次に商標権の不使用取消審判については、

すなわち「商標法上の保護は商標の使用によって蓄積された信用に対して与えられるのが本来的な姿であるから一定期間登録商標の使用をしない場合は、保護すべき信用が発生しないか、あるいは発生した信用も消滅してその保護の対象がなくなると考え、他方、そのような不使用の登録商標に対して排他独占的な権利を与えておくのは、国民一般の利益を不当に侵害し、かつその存在により権利者以外の商標使用希望者の商標の選択の余地を狭めることとなるから、請求をまってこのような商標登録を取り消そうというのである。いいかえれば、本来使用しているからこそ保護を受けられるのであり、使用しなくなれば取り消されてもやむを得ないというのである。」(特許庁編工業所有権法逐条解説八一五頁)換言すれば、商標法第五十条に規定する不使用取消審判は三年間に一度も使用されたことのない登録商標についてはその登録が取り消されうるという意味で商標権者に登録商標の使用義務を課しているものである。(前記逐条解説七二二頁及び豊崎法律学全集一八〇頁)

また商標法第五十条以下の不使用による取消審判制度は商標権者の登録商標の使用義務違反に対する制裁(行政処分)であると解される。(前記網野五一九頁)従って登録商標の不使用は商標権存続の義務違反として考えるべきである。

そして取消審判においては使用の挙証責任が権利者側に求められ使用立証がない場合は商標の使用がなかったものとして実体審理がなされないまゝ商標権が取消されることとなる。(商標法第五十条第二項)原告は本件商標権について登録商標の使用による営業中のところ更新登録の機会を失し、かつ存続期間の満了による消滅によって本件審判請求は特許庁による不適法却下(商標法第五六条、特許法第一三五条)の処分があるものと当然予測して、請求人(被告)の審判請求に対し答弁書の提出による使用立証をしなかったために事実審理がなされないまま登録商標の不使用の取消審決がされたものであるがその手続きにおいて存続期間満了による商標権消滅後の審決という違法があったものである。

従って商標法第五十条第二項の規定は使用事実の有無を問わず取消すことのできる使用義務違反者に対する失権処分という厳しい制裁規定であるので権利者保護の立場からすれば取消処分は適正な手続きによることが必要であると解される。この点原告権利者は権利存続期間中の継続使用によって、商標法上の保護を受ける存続要件を十分備えていたものである。(甲第四号証~同第八号証、甲第十号証~同第十一号証)

三.(1)以上の通り商標権は登録商標の使用義務を含む権利であり、不使用取消審判制度は、その登録商標の使用義務違反の存否を目的とし商標権の取消しは審判の結果使用義務違反による反射的効果とし取消されるものであると理解するものである。以上の趣旨を前提として判決理由についてそれぞれ再反論する。

先ず第一に判決理由一 の1において「本件商標権が存続期間満了により消滅した以上もはや本件商標権自体の存続の可否を論ずる余地はなく、仮に本件審決が取り消され、不使用取消請求に係る審判請求手続段階に戻ったとしても、本件商標権は既に消滅し、これが復活する余地はないのであるから本件商標権の不使用取消しを求める審判請求手続は、本件商標の使用事実の存否等の実体問題を審理するまでもなく、審判の対象自体を欠くものとしてその手続を終了するほかないのであって、かかる観点からみれば、仮に本件訴えが認容されたとしても、これが原告の法的地位に何らかの影響を及ぼす余地はないものと云うべきである。」と判示している。商標権の失権が審決取消しの目的であるとする判旨からみて不使用取消審判の対象である商標権が消滅した以上本件商標権が復活する余地がないことは云う迄もないが、本件不使用取消審判制度の本質は商標権存続中における登録商標の使用義務違反の存否についての審判を目的とする趣旨に基づくものであの、商標権の取消は審判の結果不使用の事実に基づく便用義務違反による反射的効果として取消されるものであるとする商標法の考え方からしても、本件商標権が存続期間満了により消滅した以上もはや本件商標権自体の存続の可否を論ずる余地はなく、また本件審判請求はその対象を欠くものとして判決理由第七頁第二行に示す如く不適法却下を免れないとすることも当然ではあるが、而しながら「仮に本件訴えが認容されたとしてもこれが原告の法的地位に何らかの影響を及ぼす余地はない。」との判示については反論の余地がある。

これは原判決において原告の訴えの利益を認め本案審理に移行したとしても本件商標権の消滅により訴えの対象を欠くこととなり再度原審に移行しても事実審理がなされないまま不適法却下となるからとの理由によるものと解される。

而しながら本件審決は判決理由も示すように原審において商標権消滅の故をもって不適法却下の審決(特許法第一三五条、商標法第五十六条)となるべきところ商標権消滅後の違法な手続により取消審決を受けたものである。本件審判請求が不適法による却下と商標登録の取消審決とは原告の法的地位と法的利益に大きな差異を生ずることとなる。

(2)先ず本件審判請求が不適法却下となる場合は、審判請求は本件商標権は存続期間満了により消滅しているので使用義務違反の実体審理がなされないまゝ不適法として前記法条により形式的に却下される。

従って原告は本件商標権について登録商標の存続中使用義務違反を含まない暇疵なき商標権として本件商標権の存続期間中の第三者による商標権の侵害に対し商標権者として商標法第三八条~第三九条の権利行使及び民法第七〇九条の不法行為に基づく損害賠償請求その他の権利(民法第七〇三条.同七〇四条)は商標権消滅後においても行使できる実定法上の利益がある。又権利消滅後も存続期間中登録商標の使用によって形成された取引土の信用は、依然として残存し原告はこれについて商標法上の保護を受ける法律的利益がある。その法的利益とは、算三者の同一商標の登録を排除し(商標法第四条第一項第十号、頁第十五号)、先使用権者としての主張及び誤認混同防止請求権の行使(商標法第三二条第一項、第二項)等である。

これに対し存続期間中有効に存続していた商標権も一旦不使用取消審決のされた場合は審決確定によって本件商標権は権利存続中に登録商標の使用義務違反による一定期間の不使用があったものとして商標権が消滅する(商標法第五四条)ほか商標権者は存続中の権利について、登録商標の使用義務違反があった者として前記不使用期間中は権利存続の適格性を欠くものとして商標権侵害者に対し商標権の正当な権利行使が当然には認められない不利益を受けるものと解される。

すなわち登録商標の不使用期間は審判の請求登録時を起算点として(逐条解説第八一七頁)その登録前三年間、すなわち本件商標権については適法になされた取消審判請求の予告登録されだ平成二年七月二日~昭和六十二年七月二日迄の三年間は一旦審決が確定した後は登録商標使用義務違反による権利存続の適格性を欠いた商標権と看倣され、原告は商標権消滅後も前記不使用期間と法定された三年間に生じた第三者による商標権侵害に対して商標法第三八条~第三九条の権利行使及び民法第七〇九条の損害賠償請求権の行使、又は民法第七〇三条の不当利得返還請求権等の権利行使は商標権が有効に存続したとの理由をもって存続期間中の事件として当然には主張できない制約を受けるものと解され、相手方の主張によって原告は商標使用の事実を立証する等の大きな制約と不利益をうけることとなる。

例えば原告は一旦取消審決が確定すれば、商標法第五十条第二項による登録商標使用義務違反者として、前記不使用期間中の商標権侵害者に対して損害額の計算及び推定について法定による損害額を相当性あるものとして当然には主張請求できない。

(商標法三八条)

又同時に前記使用義務違反中の商標権侵害に対し権利消滅後侵害者に対する業務上の信用を回復する必要な措置についても使用義務違反の瑕疵ある商標権者として制約をうけ当然には裁判所に主張し、かつは求めることができない。(商標法第三九条、特許法第一〇六条)

なお原告は指定商品のワインについて前記期間中第三者による商標権の侵害がされていたものである。

従って「仮に本件訴えが認容されたとしても、これが原告の法的地位に何らかの影響を及ぼす余地はないものと云うべきである。」との判決は商標権の本質および不使用取消審判制度の趣旨を誤った判断に基づく判決理由として失当である。

従って原告は原審決を取消し、本権の消滅の故をもって不適法却下による審決を求める法的利益がある。

すなわち瑕疵のない商標権として消滅したことを審決として求めることが原告にとっての訴えの利益となり実定法上の利益となることに外ならない。

(3)次に判決理由一の3において、判旨は原告権利者と通常使用権者新世界興業株式会社との関係について

「弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第十号証(原告と前記株式会社間の本件商標についての使用許諾契約書)によれば、」として甲第十号証の原告と新世界興業株式会社間の使用許諾契約書について、真正に成立したものと認め、かつ他の証拠によっても本件登録商標がその本権の存続期間中使用されて商標法第五十条の不使用取消事由には該らないものであることを推認しているのであるから尚更原審決を取消し特許庁において適法手続による不適法却下の審決と相成るよう判決すべきが至当であったものをその判断を誤り本件商標権が消滅し、その対象を欠くとの故をもって訴えの利益なしとする判決理由は原告の正当な法的利益を無視するものとして何としても是認することができないものである。

(4)次に判決理由一の4について判決理由は第八頁第九行以下において

「本件審決が確定しこれが商標原薄に登録されたとしても、右登録の事実に基づき、原告に何らかの法的不利益が生ずると解すべき法的根拠は見い出し難く、仮に右確定審決が商標原簿に記載されることにより、何らかの不利益が生ずるとしてもそれは事実上の不利益にすぎないというべきである。以下略」と判示している。しかし不適法却下の審決と不使用取消審決の内容によっては前述の如く事実審理の有無に関わりなく法律上大きな利益、不利益を生ずるものであるので判決理由の判旨は失当であると云う外はない。

(5)甲第一三号証で提出した昭和三七年(オ)第五一五号、同四十年四月二八日大法定判決による免職処分取消請求事件の破棄差戻判決において行政事件訴訟法第九条による訴えの利益を認めた判決理由中、訴えの利益について「訴えの提起をした者にとっては、訴えの事件の内容についてそれが違法か適法か、すなわち本件においては、免職処分が違法か否かの審査がなされることが望まれるところであって、また、そうすることが権利侵害に対する救済制度としての裁判の目的でもあるから、:訴えの利益:という場合においても、これを広く考え、訴訟の内容に立入って審査し得るように取り扱うことが裁判制度の本来の目的でもあり、また任務でもあると考えられる。

形式的な審査によって訴訟を処理して行くことも形式を尊重する訴訟制度においてはやむを得ない点もあるが(中略)原判決のように訴えの利益を公務員たる資格の現実的回復のみと意味し、本件の訴えの如きは、訴えの利益がないとして形式的審査のみで片附ければ訴えを提起した上告人がなされた免職処分がいかに違法になされても、全く、裁判所はこれに関係しないということになり、法の宣言を行う裁判所としてはあってなきに等しいと同一の結果になるのである。原判決はこの点において法令の解釈を誤り、違法に本案審理を拒否した。」という判決理山(前記第七二八頁、一九〇)の趣旨は本件上告における原告の主張として切に中立てる次第であります。

なお原審について一言すれば、特許庁における原審においては、職権審理(商標法第五六条、特許法第一四五条)を原則とし本件商標権が審決時において、存続期間の満了により消滅したことは特許庁における顕著な事実として容易かつ明らかに知り得たにも拘らずこれを看過し本件審判請求を不適法却下とすべきところ違法にも不使用取消審決をしたものである。

四.以上の通り、原判決は原告の原審決取消しが訴えの利益あるにも関わらず商標権の本質及び不使用取消審判制度の趣旨についてその判断を誤った故に本件訴訟を訴えの利益なしとして却下したものであり、判決に影響を及ぼすべき判断の誤りによる違法な判決があったものとして原判決を破棄差し戻し原審において不適法却下の正当な審決を賜るようご判決を求めるものであります。

以上

(添付書類省略)

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